歴史

処刑されたイギリス王妃アン・ブーリンに出会う|1000日の王妃

 

イングランド王ヘンリー8世の2番目の王妃で、あのバージン・クイーン、エリザベス1世の母でもあるアン・ブーリン。

しかし結婚からわずか3年後に

ヘンリー8世
ヘンリー8世
斬首刑にしろ!

と夫であるヘンリー8世によって、イングランドで初めて処刑された王妃となりました。

 

Amie
Amie
こんにちはAmieです(@Amie_Wtites)

今回はイングランドの歴史「アン・ブーリンの生涯」です。

彼女は悪女だったのでしょうか?

それとも「歴代最悪の王」ともいわれるヘンリー8世の犠牲者の1人だったのでしょうか?

アン・ブーリンとは

image:Longread

この記事を読んでいる人の中にはすでにアン・ブーリンの魅力にはまってる人もいるのではないでしょうか?

私も調べていくうちに、どんどん魅了されてしまった1人です。

まずは、アンがどんな人だったのでしょう。

英語では「アン・ブリン」と発音します。

日本語では「ブーリン」が定着しているので、この記事でもブーリンと表記します

フランスでの生活

1500年頃、イギリスの外交官の長女として生まれたアンは裕福な暮らしの中で育ちました。

そして思春期の頃、妹のメアリー・ブーリンとともにフランスの宮廷でヘンリー8世の妹の侍女を仕えます。

 

フランス流の礼儀作法や立ち振る舞いを身につけたアンは、フランスの詩人から

「イギリス人女性とは思えないほど優雅で、フランス生まれの女性のようだ」

と称賛されるほどでした。

容姿は美しくなかった?

アン・ブーリン image: Bing

女性は「金髪、白肌、豊満な体」が美しいと言われていた時代

アンの容姿はお世辞にも美しいとはいえなかったようです。

海外の外交官からは

「アンは美しい女性ではない。

彼女は痩せた顔立ちで、長い首、広い口、胸はあまなく、

王に気に入られていることを除けばこれといった特徴はない」

なんて言われたりしていました。

一方、妹のメアリーは金髪、白肌、豊満な体で、典型的な美人でした。

妹のメアリー・ブーリン image: Bing

しかしアンは気品が漂う佇まいと、フランス仕込みの洗練されたファッション、

知的でユーモアのある会話術で多くの男性を惹きつけました。

そしてヘンリー8世も徐々にアンの虜になっていきます。

ヘンリー8世の9年にもわたる求愛

イギリスに帰国後、妹のメアリーは貴族と結婚し、

アンはキャサリン王妃(ヘンリー8世の妻)の侍女として仕えます。

 

実は妹のメアリーはヘンリー8世と不倫関係にありました

ヘンリー8世
ヘンリー8世
ぁれ〜?姉もイイねぇ。

姉妹とも愛人にしてブリンブリンしちゃうか

こうしてヘンリー8世はアンを妻の侍女にしたのです。

アンは今までの女性とは違った

しかしヘンリー8世は誘っても誘ってもアンに断られ続けます。

今まで振られたことなどなく、ナルシストでプライドの高い彼はさらにアンに執着するようになりました。

image: Bing

「あなたと一緒にいられない時間、可能な限り近くにいられるものを送ります」

と自身の写真を入れたブレスレットを送ったり、狩りで仕留めた鹿をアンのもとへ届け

「これを食べる時に、ハンターのことを思い浮かべてほしい」

という手紙も送ったりしていました。(さすが肉食男子)

 

でも、アンはどうして断り続けたのでしょうか?

「王と愛人になっていることでブーリン家に富をもたらしている」

と妹メアリーを批判する人がいたようです。

アンとしては「妹のようにはなりたくない」という思いがあったのかもしれません。

「私と寝るなら結婚しかありませんわ」

求愛から9年が経ちヘンリー8世にも焦りが出てきました。どうしてかというと、妻のキャサリン王妃との間に男の子が生まれなかったからです。

どうしても男の後継者が欲しいヘンリー8世。

妊娠出産が難しい年齢になったキャサリン王妃に対し、愛情はどんどん薄れてきアンへの思いは募るばかりでした。

 

image: Bing

そんな時、アンはヘンリー8世にこう放ちます。

「私は王妃になるには身分が低すぎますが、慰み者になるにはプライドが高すぎるのです。」

ただでは寝ませんわ。といい「王妃」をほのめかす言葉巧みなアン

ヘンリー8世
ヘンリー8世
・・・よっしゃ。

キャサリンとは離婚して、アンと結婚する!

こうしてイングランド国中を揺るがす、時代の変革期が訪れます。



ヘンリー8世の偉業?異業?すべてはアンと結婚するために

image: Bing

ヘンリー8世はイングランドをカトリックからイングランド国教会へ宗教改革したことで有名です。

なぜイングランド国教会を創設する必要があったかというと、カトリックでは離婚が禁止されていたからでした。

王族・貴族の間では、法のスキマを見つけて離婚を合法的に成立させたり「結婚そのものを無効にする」という方法がとられていました。

ヘンリー8世もキャサリン王妃との結婚を無効にしようとしましたが、なかなか上手くいきませんでした。

アンと結婚するためには、どうしてもこの問題を解決しなければいけません。

ヘンリー8世
ヘンリー8世
もうローマ教皇なんか知るか!自分の国のことは自分で決めるぞ!

さぁここからヘンリー8世の暴君ぶりが発揮されます。

宗教改革には周りからも反対の声が多かったのですが

ヘンリー8世
ヘンリー8世
反対する奴は・・・全員死刑!!!

反対する官職や聖職者を容赦なく処刑、半ば強引に改革を進めてキャサリン王妃との結婚を無効にしたのでした・・・

こうして1533年、アンが妊娠したことをきっかけに正式な妻として迎え入れました。

結婚後のアンの苦悩

image: Bing

「絶対に男の子が生まれる!!」と根拠もなく自信たっぷりに公言するヘンリー8世。

生まれてくる子が、男の子であることをアンは切実に願いました。

 

しかし、生まれたのは女の子でした。

(この赤ん坊が、のちのエリザベス1世というのがまた面白い)

それからヘンリー8世は、アンへの愛情は少しずつ冷めていき、また愛人を探すようになります。

Amie
Amie
ヘンリー8世は、手に入ると満足しちゃう人なんだね。
ビリー
ビリー
子供の飽きたおもちゃじゃないんだから…

 

アンはある日、自身の侍女がヘンリー8世の膝の上に座っているのを目撃します。

それから度々ヒステリーを起こすようになりました。

1536年にアンは再び妊娠するものの、流産してしまいます。

しかも男の子でした・・・

Amie
Amie
しかも流産した当日、前妻のキャサリン王妃の葬儀だったんだって。
ビリー
ビリー
そりゃヘンリーもショックだわ。

この事件が決定打となり、ヘンリー8世は「アンはもう子供を産めないだろう」と完全に見切りをつけました。

アン・ブーリンの処刑

image: Bing

ヘンリー8世は手下にアンと離婚する方法を探すように言いました。

そして流産から4ヶ月が経ったころ、アンは逮捕されてしまいました。

罪状は下記のようなものでした。

  • キャサリン王妃の殺害
  • キャサリン王妃の娘(メアリー)の殺害計画
  • 不特定数の男性との不貞
  • 兄との近親相姦

 

裁判でアンはすべてでっち上げだと哀願しますが、まるで出来レースかのようにあっさりと有罪となり斬首刑がくだされました。

この罪状はアンを厄介払いするために仕組まれたものですが

・殺害計画はヘンリー8世も共犯だった

・どうしても男の子が欲しいがために、他の男性との不貞はしていた

という話もあります。

 

アンはロンドン塔で「その日」が来るのを待ちます。

image: Bing

アン死刑執行の日と最後のスピーチ

アンは真紅のガウンに王室御用達のエルミンを羽織り、処刑場まで歩いて行きます。

この日のために建てられら処刑台の階段をゆっくり上り、群衆に向けて最後のスピーチをしました。

image: Bing

私は死ぬためにきました。

これは律法によるもので、私はそれについて非難するつもりはありません。

ただ神が王をお救いになり、これからも長く王が君臨することを祈ります。

私はあなた方から、この世から離れます。どうか私のために祈ってください。

私の魂を神に捧げます

 

当時は斧による斬首刑が行われていましたが、ヘンリー8世の温情でアンには剣が使われました。

また死刑執行人はこの日のためにフランスから腕のいい剣士が呼ばれていました。

 

アンは群衆に祈るように頼んだ後、ひざまずき

「私の魂を受け取りたまえ、主なる神よ、私の魂を憐れみたまえ」

と何度も繰り返しました。

 

アン35歳、王妃になってわずか3年での出来事でした。

 

Amie
Amie
アンの死刑が行われた5月19日は、現代のヘンリー王子とメーガン妃の結婚式の日でもあります。因果ではないと良いな

アン・ブーリンは悪女だったのか?

長い間アンは批評家から「愚かな悪女」「野心家で策略家の尻軽女」などと酷評されてきました。

本当にアンは野心深く、初めから王妃の座を狙っていた悪女なのでしょうか?

 

ヘンリー8世からの誘いを断れば、彼を怒らせることになるし、

誘いにのったら、妹にメアリーのように「売春婦」と呼ばれてしまいます。

ヘンリー8世の機嫌を損わせないように言葉巧みに上手く扱いながら、常に一線を超えないように駆け引きをしていたのかもしれません。

 

結婚してアンが王妃になったことで、およそ10年かかったこの「ゲーム」が終わったかと思ったら、最後はヘンリー8世の気まぐれにより人生そのものを奪われてしまいました。

ビリー
ビリー
そもそも2人の間に本当に「愛」はあったのかな…?
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